【株式会社山本本家】
▼延宝5(1677)年に、当時の伏見の中心地・油掛で創業し、初代の塩屋源兵衞の名前から代々源兵衞を襲名し、現在11代目になります。創業340年の伝統の技と名水「白菊水」により、食中酒として最適な清酒を造り続ける山本本家。メインブランドの「神聖」をはじめ、「鉄斎」「源ベエさんの鬼ころし」「かぐや姫」「松の翆」「水のしらべ」など、伏見の清酒らしい口あたりのよいお酒を多数生み出しています。
また、昭和51(1876)年に酒蔵を改造して開店した鶏料理店「鳥せい本店」は、パイロットショップとして消費者の声を直に聞き、時代に合った酒造りに役立てているそうです。
常に人々の心を満たす酒造りを志向し、日本酒と文化の未来を見つめ続ける「山本本家」の取締役 山本晃嗣さん(以下、=Y)にお話をうかがいました。
※本インタビューは2016年12月に行いました
もくじ
■日本の食文化にマッチした酒造りを目指して
■若い方に伝えたい、初めての日本酒とうま味
■嗜好品だからこそ、おいしいと感じる量を
■創業340年、パイオニアとしての想い
日本の食文化にマッチした酒造りを目指して
― まずは山本本家さんの由来を教えてもらえますか?
Y:今年で創業340年。創業時から変わらずこの場所で商いをしています。本社の建物は鳥羽伏見の戦い(1868年)で一度焼けて、今ある建物はちょうどその時分に建て直したものなのです。酒処・伏見という場所は、割りと他の地域から移転してきた蔵が多いんですよ。なぜかというと水。水に恵まれた場所なんです。
― やはり酒造りにおいて水が大切なんですね。どのようなお酒を作っているのですか?
ずっと同じ場所で何をしているかと言うと、食中酒と言って食事とあわせて呑んでいただく日本酒の提案です。お酒がメインではなく料理をどう引き立てるか。要はいかに楽しんでいただけるかの提案をしています。
― 酒蔵でお食事と一緒に楽しむジャズのイベントも開かれていますよね?
京都は食の都ですし、お食事自体も非常に洗練されてきた文化なんです。そうした良いお食事をどれだけ引き立てられるお酒を造るかというのを軸に考えています。なので、うちの蔵でジャズイベントを開いているのも、お食事、そしてお酒と共に楽しい時間を生みだすための相乗効果のためなんです。食事をいただきながらジャズを聴いて日本酒を呑む。それぞれが掛け算になれば良いな、という考えなんです。
ー なるほど。食文化として顧みることで共感や感動が生まれていくということですか?
Y:そうですね。例えば鯖寿司で有名な京都の「いづう」さんと一緒に取り組んでいることがあります。その目的は日本の食文化を見つめ直して、発信する事です。
ある意味、海外よりも日本の方が食文化が乱れていて、本物の味が分からない人が多いのではないでしょうか。僕は海外出張によく行くから感じるんですけど、アメリカで日本食を食べる時は必ず日本酒を合わせるんですよ。フレンチに行ったら絶対ワインなんですね。でも、いざ日本で料理店に入ると「取りあえずビール」とか「僕、ハイボールや」とか、食事に関係なく「これが好きだから」という理由でオーダーする場面に多く出くわします。
ー 確かに…!そんな中で「いづう」さんとの取り組みとは?
「いづう」さんが鯖のなれ寿司と作りたての鯖寿司とを分けて用意され、それに対してうちのスッキリ系と濃厚でうま味がある系の日本酒を出して、「どっちが合いますか?」というテイスティングの機会を設けているんです。
テイスティングの際には、口の中にまだ鯖寿司の味わいがある状態で「すぐ呑んでください」と伝えています。その状態でこそ味わいの掛け算が生まれてくるんです。「いづう」さんも「フレッシュな日本酒となれ寿司の組み合わせだと、なれ寿司のほうがうま味が強く出るという事を伝えたい」と仰っていました。
お食事に日本酒をどう合わしたらおいしいのか分からない、というのは多分、うま味で出来ている日本の食文化自体が、なおざりにされつつあるからなのかもしれません。
ー 日本酒 × 〇〇、という事ですね?
Y:逆ですね。日本酒は後です。
ー 〇〇 × 日本酒ですか?
Y:そうです。食中酒なので、お食事があってこその日本酒なんです。
若い方に伝えたい、初めての日本酒とうま味
ー 「まだ日本酒の初心者です」という若い方に対して、例えば最初にこれと掛け合わせて欲しいものはありますか?
Y:うま味のあるフルーティ系の日本酒が今うちの主力になってきていますが、これが「いづう」さんの鯖寿司と合わせるとバツグンなんです。
おそらく若い方は呑み慣れていないと思うのですが、実は僕もそんなにお酒に強くないんですよ(笑)。だから、そうした方の気持ちが分かるんです。日本酒の初心者の方には、やはりうま味のあるフルーティ系の日本酒や、ワイングラスで香りが立つようなタイプの日本酒がお勧めです。
ー 最近、日本酒をワイングラスで呑むようなCMを目にしますね。ワイングラスで呑むタイプの日本酒は、初心者でも馴染みやすいんでしょうか?
Y:いえ、必ずしもそうとは限りません。ワイングラスの形状は香りが籠もるので、うま味や香りを感じて欲しい日本酒に向いているんです。
ー うま味ですか。
Y:鯖寿司と日本酒を合わせるという取り組みも、本当のうま味を知って欲しいからなんです。うま味というのは、舌で感じる甘い・塩からい・酸っぱい・苦いといった味覚と同じものですが、海外にはうま味の概念がありません。
ー うま味という概念がないのですか?
Y:うま味は日本独特のものなんです。けれど日本人であっても、舌が慣れないとうま味を感じにくい場合があります。ファーストフードなどを食べ続けていると、舌が麻痺してくるというか。あれはあれでおいしいのですが…(笑)やっぱり強い味付けをして、いろんなものが入っているから、舌がそれに慣れてしまうんです。
ー 繊細な味が分からなくなっているという事ですか?
Y:そうです。せわしない生活の中で「別においしかったら良いやん」となってしまっているというか。かといって、僕らも毎日料亭に行けるかというと行けないし、家庭で出汁をひいてから料理をしないでしょう?
ー そうですね(笑)
Y:働いている女性が多くなってきたら、料理にかける時間が少なくなりますよね。そこで出来合いのお惣菜をなるべく安く買おうとなると、どうしても人工甘味料が入っているものが多くなってきます。もちろん、人工甘味料が含まれたものもうま味になるし、おいしいのだけれど、本来のうま味じゃないというか、別のうま味というのでしょうか。
日本の食生活が複雑化している状況でも、本来のうま味の良さ伝えていかないと、海外の友達が来て「うま味とは何か?」と聞かれた時に、誰も何も言えなくなってしまう。だからこそ、日本古来の味というのは大事だと思うんですよ。
ー お酒のうま味とは、どういう部分で変わってくるのですか?
Y:毎年米も違うし気温も違うし、出しにくいのですけれど、じっくり丁寧に低温で醸していきます。要は発酵食品なので、いかに酵母自身の力で発酵させるか、なのですよ。
蔵見学に来られた方には「子育てと一緒で、お酒も甘やかしてやったら自分の力でやらなくなるじゃないですか(笑)だから、酵母も温めたら勝手に発酵するんです。だけど、敢えて低温のまま自分たちの力で発酵させる事で粒子の中から自分たちの動きをするようになる」と、よく伝えています。
時間が掛かるけれども丁寧にする事によって、お酒としてのうま味やきれいさが出てきます。杜氏にも「おいしいものを造りたいから、できるだけ低温でじっくり発酵してくれ」という事は言うてますね。
ー 酒蔵さんや杜氏さんのお話を聞くと、生き物の飼育と言うたら変ですけれども、生きたものを扱ってはるんやなぁと思います。そういうお話を聞いた後にお酒を呑むと、何か分かった気になるのですが(笑)
Y:確かにね。毎年いろんな生徒が入ってきて、みたいに(笑)
ー ちょっとずつ躾学習を(笑)
Y:だから、例えばお二人*を1箇所で、全く同じように同じ温度でいるのに全然違うように育つのと一緒で、それぞれ特徴があるので、長所を伸ばすという事です(笑)
ー 低温でじっくりとですね(笑)
Y:そうです。「自分たちが努力しなさい」と。
*インタビューは2名で行いました
嗜好品だからこそ、おいしいと感じる量を
Y:近々講演を担当するんです。僕が上手いかどうか分からないけれど、日本酒を分かりやすくというのを第一に考えてやっています。親しみを感じて貰うというか。そういう意味でもきっかけというのが大事で、お酒が嗜好品である以上、やはり楽しさの提案やと思うんですよね。
きっかけは本当に自分が楽しくて面白くてというのが大事で、始めが面白いと思わないとパッと苦手意識が出ると後から興味が湧かないのと一緒なんです。「日本酒、意外と呑めるやん」と思った瞬間から興味が湧くので、そこなんですよね。
ー 若い方で「日本酒はあまり得意でない」という人は、安い居酒屋で何の銘柄かも分からないような日本酒を呑んで気分が悪くなったとかいう経験があるのかも…。というのを聞くと、もったいなぁと思います。
Y:そうですね。だから僕は講演会でも「量を呑まないでくれ」と言うのです。「もう楽しい分だけで止めてくれ」と。普通の酒蔵関係者は「いっぱい呑んでくださいね」と言う事が多いですが、「おちょこ一杯でも、おいしいと思える所でやめてください」と言うんですよ。その分良いお酒を呑んで貰ったら結構だし、自分が呑みたい分だけを呑んで欲しい。
ー 呑みすぎて、折角のおいしさが分からなくなってしまうと悲しいですよね。
Y:そうです。さっきも言ったようにお酒は本来楽しいものだと思っているからなんです。だからおちょこ一杯だけでも、それはそれで全然良いんですよね。「いやいや、もっと呑みいや」と量を勧めることで、途中で楽しさからしんどいものに変わってしまいます。
ー 次の日がしんどくなりますしね。
Y:そうです。そうすると「日本酒はしんどいな、ワインやったら私は大丈夫だからワインを呑もうかな」となってしまう場合すらあります。そうではなくて、日本酒も選ばれるためには「これだけにしますわ」と言う人がいたら、「もうやめときな」と言ってしまうんです。蔵元としては変かもしれないけれど、最近はそう言うようにしています。
創業340年、パイオニアとしての想い
ー 蔵元さんとして、量を呑むよりも楽しんで味わって呑むということを推奨するということは、変な話、あまり売れなくなってしまうではないですか。そのあたりはどう見据えているのですか?
Y:今は父が社長を務めていますが、その間には祖父がいて、さらにさらにと代々受け継がれてきて、蔵元として創業340年を迎えました。今後も100年、200年と、きっと続いていくと思います。
何をどう続けたかというと、やはり呑む方々に必要と思われてこそ、ここまで続けて来られたのです。お酒というのは嗜好品なので、別に呑まなくても生きていけるわけで…。その中でやっぱりおいしいと思う、要は幸せをどう発信するかというのが蔵元の仕事だなと思っているので、量は呑まれなくても、友達を呼んで「これおいしいからちょっとだけ呑んで」と言い続けていただかないといけないし、それが先ほどもお話したジャズイベントなど、お食事の外側に楽しさを広げたいからなのです。
もちろん「量をいっぱい呑んでね」という気持ちも分かりますが、それだと「本当に楽しいんですか?」という状況になった時に「しんどいし、呑まんとこ」とか、「もう、年もいったし、呑まんとこ」という人もいはるるんです。それでは本当の日本酒の発信じゃないかなと、僕は個人的に思っています。
ー 山本本家さんが長年積み上げてこられた歴史と、そうしたお酒は幸せを運ぶものという想いはリンクするのでしょうか?
Y:そうですね。祖父が昭和の時代に「鳥せい」を作った理由も、そうした幸せを運ぶ場所を目指したからです。全国に酒蔵が数千ある中でも、まずは日本酒自体をみんなが好きになるような取り組みをしようと考えたのです。
また、開店当時は近隣に飲食店がなかったと聞きました。まさにパイオニアのような場所だったのです。そんなわずか20席から始まった「鳥せい」も、現在では250席にまで増え、多くの方に支持されるようになりました。
ー ちなみに先代の想いというのは幼い頃から聞かされていたのですか?
Y:うーん…聞かされてない。
ー 姿を見て学んだのですか?
Y:そうですね。一回も継げとは言われてないし。ただ、小学校の卒業文集に「僕が継ぐ」と書いてあるのです。今もそうですが、それ以外の道を何も考えてないから「苦労されるんじゃないですか?」とか「しんどかった思い出は?」とか「ほかに夢があって」とか全くないんです。すべてが生きがいになっているというか、迷いがない分ありがたいなと思います。
ー 迷いがないというのは、どこで確信しましたか?「俺の道はこれや」みたいな(笑)
Y:それはもう、ずっと。記憶がある時から継ぐ以外のことを考えてないです。不思議と迷いがない(笑)全くない。ずっとない。
意外なマリアージュで広がる世界
ー 日本酒以外のお酒は呑みますか?
Y:もちろん。実は1年間、ワインメーカーにいたのですよ。
ー 修業の一貫ですか?
Y:そうなんです。ワインメーカーでの勤務時はありがたいことに毎日のようにワインを呑んでいて、それはもう、一生分ぐらい呑ませていただいて(笑)
日本酒と同じ醸造酒でもワインは値段が高いから、良いものを相応の金額で伝えるには?という意味では勉強になりました。
ー 日本酒とワインとで共通する点はありますか?
Y:やはりマリアージュですね。ワインはコース料理との組み合わせが決まっています。そのため相性が合わないという人も多いんですよ。例えば、フレンチでよくある生牡蠣と白ワインの組み合わせが気持ち悪いと感じる人もいて…。料理とお酒の相性ってこれほど大事なのか、と気付かされました。
ー 山本さんがおすすめする、日本酒との意外な組み合わせはありますか?
Y:「松の翆 純米大吟醸」と甘いブドウがめっちゃ合います。
ー 意外な組み合わせですね!巨峰とかですか?
Y:そうですね。巨峰やマスカットのような糖度の高いブドウが、びっくりするほど日本酒に合います。「もう最高!」となってしまいます(笑)
ー 聞いてるだけでおいしそう!
Y:実は日本酒と相性の良いスイーツが結構あるんです。しかもそれをお客さんが教えてくれることもあるんですよ。僕がメロンと日本酒の組み合わせをお伝えしていると、「これを甘いブドウと合わしてみて」と。いざ合わせて見たら、びっくりしました。
ー なるほど。ぜひ試してみたいです!
Y:日本は四季があるから、季節ごとに組み合わせを提案できます。その時季その時季に合わせられる楽しみがあるというのが大事ですね。
他には、八ツ橋と少しすっきりとした味わいの日本酒がめっちゃ合います!ニッキの香りがアクセントになって、味わいが広がります。やはり食との組み合わせが楽しいと、日本酒の世界に入りやすいのでしょうね
【DATA】
「株式会社山本本家」
所在地:京都市伏見区上油掛町36-1
代表銘柄:「神聖」「松の翆」他