【佐々木酒造】あくなき挑戦で新時代を切り開く、「洛中伝承」の蔵の真髄

佐々木酒造

▼明治26(1893)年の創業の「佐々木酒造」。当時は洛中*に131もの造り酒屋があり、現在の酒処・伏見よりも活況を呈していました。しかし、現在は洛中に残る蔵はわずかになりました。今回は4代目、代表取締役社長の佐々木晃さんにお話を伺いました。

*洛中:関白・豊富秀吉の京都再編の際、京の街全体を囲むように「御土居」と言われる土塁の壁が造られました。この御土居の内側が洛中、外側が洛外と呼ばれます。

ここが最旬ポイント

  • 時代を切り開く展開力
  • 良い意味でこだわりを捨て、今の蔵に合った取り組みを
  • 米麹甘酒を遠心分離?!その結果は…

時代を切り開く展開力

茶を愛した豊臣秀吉が水の良さから居住邸宅「聚楽第」をこの地に建てたと言われるほど良質な地下水に恵まれ、その「金明水・銀明水」を仕込み水に、「洛中伝承」の技法を守ってきた「佐々木酒造」。時代の流れの中で伏見へ移転する蔵、後継者不足で途絶えた蔵がある中、どんな策を講じてきたのでしょうか。
「ただただ、次の世代に残そうとしてきただけです」と話す佐々木さん。継ぐはずだった兄(佐々木蔵之介氏)が俳優の道へ進んだため、蔵の仕事は“留守番のつもり”で始めたのだそう。

蔵人として「造り」にこだわる一方で、商売下手な父の背中を見て「とにかく売れてこその酒だ」と全国展開を加速させました。酒販店をはじめ地元のスーパー、コーヒー・輸入食材店、コンビニエンスストアにも置いてもらうなど、「飲みたいと思った時にすぐ手に入る酒」を目指しています。
またイベントへの出展に力を入れており、アジア最大の食品・飲料専門展示会「FOODEX JAPAN」毎年参加するなど、間口を広げるべく蔵のPRに力を入れています。

「佐々木酒造」代表取締役 佐々木晃さん

「佐々木酒造」代表取締役 佐々木晃氏

良い意味でこだわりを捨て、今の蔵に合った取り組みを

古来より都である京都は、全国から献上された上質な米で酒造りが行われていました。そこで、「佐々木酒造」では蔵の規模に合わせ、あえて京都産米にこだわることなく、各地域で目利きした良質な米で酒造りに専念してきました。その努力があってこそ、「京料理に合う最高の日本酒」の定評を得るように。日本酒は料理の一部であり、しかも柔らかい味である京料理を邪魔することなく引き立たせる存在として、「主張しすぎない味」が同社の特徴でもあります。裏を返せば、主張しすぎない味だからこそ「どの料理にも合う」のです。
今では「すき焼きに合う日本酒」として老舗のすき焼き店で扱ってもらったり、フレンチレストランでペアリングされたりと、とにかく合わせやすいお酒として浸透しています。


タンクへ蒸し米や酒母、麹、水を加えて、もろみを仕込む様子。次第にぷつぷつ泡立っていきます。
20日ほどのもろみ期間を経て、やがて原酒となります。(写真は10目日頃の状態)

 

米麹甘酒を遠心分離?!その結果は…

一次産業の衰退から蔵人を年間雇用する時代になりました。「佐々木酒造」では、技術継承と年間を通じた売上確保のために、平成21(2009)年に麹を作ったアルコール飲料を京都市産業技術研究所と共同開発しました。それが酒造期間外(4月~9月)のオフシーズンに製造される『白い銀明水』です。甘酒特有のドロドロ感をなくすため、製造過程で遠心分離機にかけたアイディア商品です。
その後、ノンアルコール飲料・甘酒ブームに乗って、出荷量も増えてきたところで、ふと見ると廃棄されていた分離後の甘酒かすが…。「これも何かに使えるのではないか」と真空パック詰めして販売したところ、意外なヒットを生みました。麹由来の風味とお米の優しい甘み、そして滑らかな舌触りで洋菓子にも合いやすいと評判に!「米麴ピューレ」と命名され、シュークリーム、甘酒パンやたい焼きのクリームの素材として、各社で活用されるようになりました。

行き当たりばったりとは仰っていましたが、時代を読む着眼点、そして商品開発への挑戦心が新たな日本酒文化を生み出しています。「佐々木酒造」ブランドは、きっと日本酒の愛飲者以外にも浸透していることでしょう。

「私たちは開発を通じて得た技術で十分成長することができました。他の蔵でも同様の技術革新の可能性があります。そうして業界全体が活性化すれば…」と話す佐々木さん。次の展開を見据えて目を光らせているご様子です。日本酒を通じて地域を盛り上げ、異業種とも上手く組み合わせていく、同社ならではの時代を切り開く力を実感しました。

  
天然糖化飲料「白い銀明水」/遠心分離機/米麴ピューレを使用したパン


「佐々木酒造」

京都市上京区日暮通椹木町下ル北伊勢屋町727