【松本酒造】これぞ京都、これぞ伏見の酒 風格と気品にあふれる華麗な酒

▼初代松本治兵衛により寛政3(1791)年、東山の八坂弓矢町にて商号を「澤屋」として創業。大正12(1923)年に名水を求めて、現地の伏見に酒造場を増設しました。川べりに並ぶ木造の酒蔵とレンガ造りの美しい建物は、伏見を代表する美景として数多くの映像作品にも登場します。

京都の粋を体現するかのような、風格と気品にあふれるお酒が特徴的です。現在、中心となって蔵を牽引しているのは蔵元・松本保博さんの御子息、兄の圭輔さんと、弟で杜氏の日出彦さん。
21世紀に向けて酒造技術の研鑽に努めてきた蔵元から、引き継がれる想いとは――。

 

今回は「松本酒造」代表取締役社長の松本保博さん(以下、M)にお話をうかがいました。

受け継がれる酒造りのバトン

ー 松本さん自身は、どこかで修業されたのですか。
M:私は大学の農芸化学で農学の方を勉強して、そのまま親父の元に入って、ずっとこの蔵にいます。この蔵は200年余り、焼酎も造らず梅酒も造らず、酒造りだけをやっています。おいしい酒を造る事に全力を傾けるというのが本来の在り方だと思って、酒一筋でやっています。
酒造り一筋で来た200年余りの間に、大きな決断をした事が2回あります。一つは伏見へ蔵を移すという事。良い水を求めて伏見へ蔵を移すというのは本当に大きな決断でした。そのおかげで、東山でやっていた時と比べて、製造量・販売量とも3倍ほど飛躍して、発展する事ができました。

ー 街の中の蔵ですと、製造量も限られますね。
M:こちらは広くて水も良いですし、思い切った決断のおかげで今、生き残っているわけです。
もう一つは、今から10年ほど前の事ですが、修業に出していた次男を呼び戻して、2年ほど蔵で下働きをさせてから杜氏に抜擢した事です。自分の息子を投入するという事は、これも大変な決断です。失敗したらえらい事になるわけで、責任は全部こちらになります。
随分心配をしたのですが、おかげさまで私の心配を裏切って、良い方向に展開をしてくれています。お得意先にも喜んでいただけるような酒質のお酒ができるようになり、しかも「守破離(しゅはり)」という新しい名前を商品にかぶせて、自分の酒造りに対する思いを商品化したわけです。
「守」は守る、「破」は破る、「離」は離れる。昔からこの蔵が持っている伝統的な良い面を守りながら、自分としての新しいものの考え方や新しい技術をそこに取り入れて、今ある形を変えていく、壊す、そして自分たちの新境地をつくり出す。そして、離れていくわけです。これは、茶道とか武道の世界で師弟関係の精神を語る言葉ですが、それをお酒に引用させて貰ったのです。

ー 具体的に、伝統的なものとはどういったもので、新しいものとはどういう変化の事ですか?
M:「守」の部分で、先代の杜氏の話をします。先代の杜氏はこの蔵に、私が子どもの時から50年おりました。但馬から来ていた杜氏さんなのですが、平成14年に他界しました。死ぬまでこの蔵におりました。その杜氏さんがこの蔵の酒造りをずっと取り仕切ってきてくれたのですが、とにかく蔵の中をきれいに掃除するという事が第一だとしていました。朝起きると、もちろん酒の仕込みの指図はしますが、自分が先頭になって掃除をするのです。清潔を守るという事と、酒造りは正直にやらなければいけないという事を、いつも言っていました。精神的な面ではそういう事です。
それから実際には、原料の米ですね。水については、おかげさまで良い水が巡ってくる所に蔵を建てたのですが、今使っている米については、本当に優れた田んぼでしかできないと言われる、特別酒造りに適した米を選んでいます。今までは、国におけるお米の管理制度というのがあって、実際にそういう事をするのは非常に困難でした。それがここ5、6年の間に大きく変化しました。それで、私と私の息子とで、どんどん田んぼに入っていって、農家と手を組んで、「ここや」という米をつかんでくるようになりました。これが大きな後ろ盾になっています。
もちろん私自身、20年位前から、良い田んぼ、良い米を求めて、富山県や兵庫県などに足を運んでいました。息子たちはその後ろ姿を見て、自分たちも親父に負けないような良い米を探してきてやろうという意気に燃えて、動き出したのだと思います。そうすると、時代の変化もありますが、私がやってきた時よりももっと違う良い米が見つかったのです。これが形を変えた守破離の「破」です。
でも、根底に流れているのは、私の父が提唱してきた「ええ米を使うのや」という事です。山田錦という酒米をよくご存じだと思うのですが、山田錦と書いておけば良いのだという蔵がほとんどです。山田錦は、新潟から九州まで37府県で作られているのですが、作物には、その品種、その作物にとって適している土地と、適していない土地があります。適している土地は適地と言います。本当に適している土地で作られた米でないと駄目なのです。山田錦と書いてあったらそれで良いとか、兵庫の山田錦だったらそれで良いという事はありません。兵庫県でも広いですから、いろんな山田錦があるのです。
違いが分かった上でその米の良さを引き出してくる。そういう技術を身に付けて本当においしいお酒を造る。それによって、今までの松本酒造の酒造りの世界から離れて、新しいブランドが立ち上がってきて、それがお客さんにご好評をいただいています。今やっている事は「澤屋まつもと」というブランドで、これに「守破離」という銘柄が入っています。

ー ある記事で「澤屋まつもと」が横浜の方でスタートしたと知りました。
M:平成7年からですね。平成7年に神戸で地震があったでしょう。あの時、灘のお酒屋さんは良い山田錦をたくさん持っていたのです。その当時は、私たちは中々欲しい分の山田錦を売って貰えなかったのです。地震で被災した蔵の中に精米した山田錦が残っているが、酒の仕込みができないので、これを買ってくれ、という知らせが入りました。そこで私が被災地の中、米を取り出して京都まで運んで貰ったのです。
65%に精白した特等の山田錦で、灘の酒屋さんだとみんなアルコールを添加するのですが、私は純米酒で造りました。兵庫の特等の山田錦で造った純米酒というのは、その当時、日本中どこにもありませんでした。日本で初めて山田錦の純米酒を造ったのはここです。ところが「ええ酒やな、うまいな」と言っていたものの、一つも売れないのです。
これは本当に味が分かって、しかも売る実力を持った酒屋さんにしか売ってはいけないと思いました。そこで、私の弟がずっと横浜におりましたので、そういう実力のある小売店さんのネットワークを組織して貰い、横浜から販売をスタートしました。
現在は、北海道から九州まで100軒近くの販売店になります。とびきりおいしい、良いお酒を選りすぐった販売店でこの「澤屋まつもと」というブランドを展開しています。

ー そんな中でご子息の日出彦さんが「守破離」というお酒を作られたのですね。
M:うちの息子は、この蔵に入る前に東京農大で醸造学を学び、それから名古屋で「醸し人九平次」を造る「萬乗(ばんじょう)醸造」さんで3年間お世話になりました。

ー ご自身がこれまで造ってきた方法や考え方と、外で修業された息子さんの造り方や考え方とで、違う部分はありましたか。
M:息子が帰ってくるまでは、私なりの考え方に基づいて、これで良いと思い込んでやっていました。それを息子があえて変えていくわけです。壊していくんです。壊さない事には新しいものができないではないですか。私は、息子がそういう事をやってくれるという事が、かえって嬉しかったですね。普通だったら怒る所ですが…。

ー 一番違った点とは、どういった所ですか。
M:私の考えよりも合理的なのです。求めているポイントがここだとしたら、私だとこう行ってこう行ってとする所を、「そんな要らん事をしなくてもこっちから行った方が良いよ」と。簡単に言うとそういう事です。
私は先代の杜氏に教えて貰った事を基本に、それがルールだと思って考えていたけれども、若い人は、そんな事よりも実際にやった結果が良かったら、それで良いんです。

本物を極める為に、本物を知る

ー 松本さんにとって本物の味、本物の日本酒とはどういったものですか。
M:日本酒というのはお米の力を利用して、日本料理と寄り添って日本の食文化を築いてきた、大切な日本の文化の一つです。
例えば、日本酒を造るのに山田錦より優れた米というものはないのだから、山田錦で造った酒が王者、本物であるとします。ただ、山田錦を使えば誰がどこで造っても良いものができるのかと言ったら、決してそうではありません。それには本物を造る事のできる環境や風土といったものが整っていなければ、簡単にできるものではありません。
飲んだ時にそれを感じて分かって貰えるようにしようと思ったら、造る者が感性を磨かなければなりません。感性が磨かれていない者がいくら造っても、飲んだ人の心を打つような酒は決してできません。その為に私は、息子たちや社員たちに、味に対するトレーニングをやっています。

ー トレーニングとはどんな事をされているのですか。
M:基本的には酒を利かす事です。つまらない酒は利かせません。「こんな良い酒があったぞ、これを見てみなさい、これは広島のこういう蔵のこんな杜氏さんがこんなふうにして造っている酒だ、まあ味を見てみなさい」と言って利かせます。

ー 良いものを。とにかく良いものを。
M:全国でも100軒あるかないかの本当に実力のある良い酒屋さんが選りすぐった「この酒が良いぞ、今売れているぞ、これを参考にしなさい」という酒。あるいは私が実際に飲ませて貰って、これは良いなと思ったような酒を取り寄せて、あるいは買いに行って、みんなに利かせます。
そういう本当に優れたもの、美しいもの、おいしいもの、良いものをみんなに見せてやらないと、トレーニングにはなりません。お料理についても、高くついてもちゃんとしているお料理屋さんにできるだけ連れて行って、「京都の本物の料理はやっぱり味が違うだろう」と教えてやらないといけません。そうすると、「なるほど、それならこういう酒を作らなければならないのか」という事を、みんなが分かってくれるわけです。

今こそ日本酒の底力を

ー 話は変わりますが、料理と合わせるという意味で、イタリアンのシェフと共同開発した「RISSIMO(リッシモ)」というお酒がありますね。そのような新しいチャレンジは、いつも息子さんの発想でやられているのですか。
M:そうですね。これは上の方の息子がやると言って、名前も決めてやったのです。
最近、外国からの観光客が多いでしょう。東京でもいろんな三ツ星や五ツ星のレストランのシェフがいます。以前は、ソムリエと言ったらワインだけだったのですが、今は、ソムリエの資格を取ろうと思ったら、日本酒の勉強もしないといけないそうです。だから、日本酒について随分前向きに勉強をしているソムリエや、イタリアンやフレンチのシェフが多いです。そういう人たちは、必ず蔵に来ます。ここの蔵で、なぜ味が違うのかという所を突き止めにくるのです。
今年のお正月は、半年先まで予約で埋まっているような銀座のレストランのシェフやソムリエの方が、5、6人で来ました。それも12月30日から1月2日まで泊まり込みです。正月の間、一緒に手伝いながら、造りの違いを見ているわけです。
そういう方たちが店に帰ったら、「この酒のこういう所が違うんだ」という事をお客さんにちゃんと説明しますね。外国からの観光客がそういう店でフレンチやイタリアンを食べる時に「何で日本に来てまでワインを飲まなければいけないのだ」という事で、「おいしい日本酒を出してくれ」と言います。そうすると、「今日のこの料理にはこの酒でどうですか、こっちの料理にはこちらを」というように、いろんな日本酒を楽しんで貰えます。そういう日本酒に関する情報や文化の発信を、今まで我々酒屋はできていませんでした。

ー 造る事に集中していたのですね。
M:造る事と売る事に一生懸命でした。フランスのワインの偉い所は、30年、40年も前から「マスター・オブ・ワイン」というワインの専門知識を持った人にだけ与えられる称号を作って、そういう人たちが、「このワインは、こんな葡萄畑で、こんな葡萄の品種を、こんな農家の人が作って、こういうワインになっています」という情報を世界に向けて発信しているし、論文や著書も多数あります。そういう面で、フランス政府は国を挙げてワインを世界中に広めようという努力を積み重ねてきたわけです。
一方、日本で酒を管轄しているのが財務省です。財務省というのは税金を取る役所ですから、酒の文化について語るような人はあまりいないわけです。だから、そういう面でどんどん遅れをとってしまっているわけです。
フランスは、農水省がワインを管轄する役所なのですね。だから、ワインや葡萄の文化をどんどん発信しています。そうすると、それを見た世界中のお酒好きな人は「一度そのワインが飲んでみたい、その畑に行ってみたい」という思いに駆られて憧れます。そうすると、必然的にワインが売れていきます。だから、フランスで生産されているワインの90%は輸出で売れるわけです。
日本酒も最近は海外で売れるようになってきたとは言うものの、まだ全生産量の5%にも及びません。我々日本酒の酒造りに携わる者は、これからお米や田んぼの情報、酒についての文化を、もっとちゃんと発信していかなければなりません。

ー フレンチやイタリアンと日本酒とのペアリングもあると思うのですが、ワインに比べて日本酒はもっと可能性があると思いますか?
M:あります。日本酒は、どんな料理でも合うのです。「RISSIMO」は、そういう西洋の食文化に一歩近付いた味わいの酒を目指していったものです。

ー なるほど。他にも、松本酒造さんの代表銘柄の一つに「桃の滴(しずく)」がありますが、味の特徴はどのようなものでしょうか。
M:米の持っているおいしさ、その正体はアミノ酸なのですが、アミノ酸の在り方を私たちなりの丁寧な造りによって、口当たりが柔らかく、しばらく時間を置くと味わいの奥行きが広がっていく事をイメージして造っています。それはやっぱり、良い米でないとできません。
ただお酒の場合は、舌で感じたおいしさを脳で感じるのです。「美味」と言いますね。「美味い」と書いて、うまい、おいしいと読めますね。料理がうまいというのは「旨い」という方です。「旨い」と「美味い」、これは両方うまいと読みますが、酒は「美味い」なのです。脳で感じますから。

(左:桃の滴 特別純米酒 右:桃の滴 無何有郷)

ー 料理は舌で感じるという事ですか。
M:料理は舌で感じる、肉感的なものです。日本人ならではの脳神経にまで信号を送ってくれるような酒を造るというのが、私の目指す所です。

ー 料理とお酒とのペアリングをやったら、舌で感じてその後に頭に広がるという事ですね。
M:そうですね、舌で感じて脳で。だから、おいしい料理とおいしいお酒の世界は深いんです。

ー 最後に、日本酒初心者の若い方へメッセージをいただけますか。
M:一番大事な事は、がぶ飲みしない事です。お酒は、ちびちび飲んでください。味わって、舌の上に転がして、染み込んでいく。そうすると、脳に「おいしいな」という信号を送ってくれますので。ちびちび本物の味わいを楽しんで貰えるような飲み方を身に付けていただけるとありがたいです。

ー ありがとうございました!

【DATA】
「松本酒造」
所在地:京都市伏見区横大路三栖大黒町7