妙心寺退蔵院副住職 松山大耕さんインタビュー 「お坊さんっていうのは安心を与える仕事」【インタビュー傑作集】

妙心寺退蔵院 副住職・松山大耕さん

外国人観光客への坐禅体験の提供をはじめ、方丈襖絵制作プロジェクトや庭園のライトップなど、厳格な寺院ながらも、近年の退蔵院では新しい取り組みが多数行われている。こちらで次々と新しいことにチャレンジされているのが、副住職の松山大耕さんだ。従来のお寺の枠にとらわれず、アイデアを生み出す松山さんのルーツにそして思い描く未来とは-。

※本インタビューは2013年に行いました。

「きっかけは理想の住職に出会ったこと」


--松山さんは、日本の最高学府である東京大学大学院を卒業された経歴をお持ちですが、いつごろからお寺で働くということを意識されていましたか。大学に入られたころは、お寺を継ぐという意識はお持ちではなかったんですよね。


松山氏(以下、松)--20歳くらいまでは特にお寺を継ぐという意思はありませんでした。大学2回生の頃からまわりのみんながダブルスクールを始めたんですよ。一般教養の授業を習得して、暇になった途端に就職を視野に入れて、語学や資格の勉強を始めたわけですよ。
それを見て、大学生にしかできないことをやっておいた方がいいんじゃないかって思ったんです。今しかできないことをやればいいのに、こんなにあくせく勉強してって。もちろんそれもひとつの道だとは思いますが、自分には合わんなって思ったんですよ。


--まわりが就職に向けて勉強を一心不乱にされるなか、自分は何がしたいのか、と考えられたわけでしょうか。


松--そうですね。あと、やっぱり自分はお寺で生まれて、そういう環境にあったし、望んでなれる仕事ではないということもあって、お寺を継ぐということを意識し始めました。


--でも、大学院まで行かれていますよね。ほかにも何かきっかけがあったのでは…?


松--急に、お寺を継ごうって思ったわけではないです。大学の最初の2年間は小僧生活もしていて…。だから徐々にですね。
せっかく日本の最高学府に行ったんだから、もう少し勉強をしたいなと思って、修士課程に進んだんですよ。研究者の方向に進みたいかな、て考えたこともあったんですけど、先輩方が努力される姿を見るじゃないですか…。これは無理やなと(笑)。研究者の世界ってものすごく厳しいじゃないですか。ポストも決まっているし派閥もあるし。自分の自由度がないってところと将来が保障されていないと感じたんです。

でも、一番大きなきっかけは尊敬できる和尚さんと出会ったことですね。大学院の研究で長野県の農家に住み込みで行ったんですが、空いている時間に近くで妙心寺派のお寺を探して。たまたま行ったところがその和尚さんがいらっしゃるお寺だったんですよ。その人こそ、これぞお坊さんという素敵な方でして。

 

境内に広がる庭園「余香苑」
境内に広がる庭園「余香苑」


--どんな方だったのでしょうか。


松--そこのお寺は、檀家さんはいないし、観光客も受け入れない。月6回の托鉢だけで生活してらっしゃるんですよ。和尚さんは本当にオープンな方で、いつもニコニコしていらっしゃる。朝、起きて坐禅して、掃除して、托鉢をして、畑を耕してっていう、当たり前のことを当たり前に、毎日続けてらっしゃるんですよ。これはなかなかできないですよ。

町の人ももめごとがあったら和尚さんのところに相談に来て、和尚さんは困ったねぇ、なんて言いながら話をずっと聞いている。そうしたら、みんな何か納得して帰るんですよ(笑)。要は、あの和尚さんには奪うものがないんですよ。

村にいらっしゃる詩人の方が、和尚さんとお寺のことについて詩を書いていらしたのですが、お坊さんの托鉢をしている声を聞くと、町中に安心が広がるっていう趣旨の詩を詠まれていて、これや!って思ったんですよ。お坊さんっていうのは安心を与える仕事なんやなって。

もちろん立場も違うし、場所も年齢も違うから、この和尚さんと同じようにはできないです。でも、エッセンスは安心なんだなって、ピタッと自分のなかで当てはまったんですよ。こういう人がいるんだったら、やる価値はあるぞと思って決意が固まりましたね。

 

--僧侶になるひとつのルートとして仏教系の大学に行くことがあげられると思うのですが、松山さんはどのように僧侶へのステップを踏まれたのでしょうか?


松--お坊さんになるためには、まず修行が必要です。修行道場は全国にたくさんあるのですが、私は大学院卒業後、埼玉県の修行道場に3年半入りました。そこで修行を終えて、半年間はさきほどの長野の和尚さんのところで一冬居候させてもらってから退蔵院に戻り、副住職に就きました。


--ちなみに、昔話にあるように、普通の人が出家したい!ということは、今でも可能なんでしょうか。

松--バックグランドがなんであれ、16歳以上の義務教育が終わっている人なら、必要な手続きを踏んだ上で、強い気持ちさえあれば修行道場に入ることができます。そこで修行を終えて、最終試験を受けてっていうプロセスですね。

実際は宗派によって違うんですけど、禅宗は厳しいですよ。軽い気持ちで僧侶になることはできないです。例えばお坊さんの衣にしてもとても高価だし、簡単には用意できないんです。まず、小僧としてお寺に入って、師匠に付き添って勉強して、修行に出る前に準備をするんですよ。準備ができたら得度を受け、やっと修行に行けるようになります。

 

--副住職に就かれたとき、お寺を支えるための目標やヴィジョンはお考えでしたか?


方丈で見られる瓢鮎図松--今もそうなんですけど、目標とか夢とかまったくないんですよ。まぁ、場当たり的というわけではないですが、今やるべきことってあるじゃないですか。それを一生懸命やっていたら、次やるべきことが見えてくるんですよ。

修行から帰ったときは、お寺の部屋が散らかっていたので、ひたすら掃除していました。半年間くらいかかったんじゃないでしょうか。もちろん普通のお寺の仕事もしていましたよ。お経を上げるとか、檀家さんの家に行くとか。そうやって半年間過ごして、そろそろ外国人を受け入れる体験に取り組もうと思い、始めたんです。それが軌道に乗ってきたら、そろそろ襖絵やろうかってだんだん決めて、取り組みに着手していきました。

ビジネス書に10年後の自分を想像しようってよく書いてあるじゃないですか。そんな考え方は全くないですね。とりあえず今やるべきことをひたすらやっていたら、自然と次にやるべきことが見えてくるんですね。これが私のスタイルです。だから目標も夢もないんです。

短期的な目標はないんですけど、その代わり今回の襖絵のように300年後400年後という、思いっきり長い視点の目標はあります。でも、それって達成されているかって、自分で確認できないですよね。そんなに長く生きられないから。そういう意味では長い目標はあります。だから、自分が生きてるうちのことに関して、目標も夢もないし、興味もないんです。

--そうしたスタンスはとても禅らしいと感じるのですが、実際に活動されている姿からは、ギャップがあるような気がします…襖絵プロジェクトもそうですし、観光大使をされているのも、退蔵院から京都を活性化しようと考えられているのかと思っていました。

 

松--京都活性化っていう、そんな大それたことは考えてないんですけど、とりあえずおもしろいことをするようにはしていますね。そのおもしろいことっていうのは、まず自分が感動することが大事だと思うんです。自分が見て、これすごいなぁとか、何でなんやろとか、おいしいなぁとか。自分が感動してなかったら、人を感動させられないですからね。

 

--では、モノを見に行くとか人に会いに行くといった機会をたくさん持たれているということでしょうか。

 

松--私、趣味がないんですよ。その代わりに誘われたことは何でも行くように心がけています。例えば、自分の趣味ではありませんが、ゴルフに誘われたら行きますし、日本に50人しか作ってない植物を見に行こうって誘われて行ったこともあります。

行かずして、おもしろそうとか、おもしろくなさそうとかって決めつけるのは自分の性に合わんので、とにかく何でも行く。そうすると、アイデアが広がるし、人脈も広がってきますよね。だからフットワークは軽いですよ。
いろいろ行って、これはちょっと合わへんなぁって思ったのが、お能とシャンソン(笑)。でも、最近お能に再び興味が出てきて。昔から禅をやっている人の多くは、禅と一緒に能もやっているんですよ。いろんな芸能があるにも関わらず。それが自分の中で謎で、何かあるに違いないって思うようになって、真剣に能を見てみたいって思っています。

--松山さんがいろいろとチャレンジされていることの中には、先ほどおっしゃっていた「安心」が根底にあるのでしょうか?海外の方の坐禅体験や、桜のライトアップなどの取り組みは、どちらかというとワクワクが大きいのかなと思ったのですが…。

庭のお手入れも松山さんが松--単にワクワクすることだけではないと思っています。今年の桜のライトアップは、ちょっとワクワクだけかもしれませんけど(笑)。

いろいろやることによって、安心する人がいるかどうかってことですね。本当に知ってほしいのは、裏のストーリーと新しい考え方なんですよ。海外の方には仏教や禅の考え方って、非常にNewだと思います。

私は、この退蔵院は渋い寺だと思っているんです。あまり知られていなくて、大きくもなくて、ちゃんと見所もある。今年の桜のライトアップでだいぶ有名になってしまいましたけど、襖絵の活動にしても、うちの祖父の植えた桜にしても、広まらなくてはいけないんです。桜以外にもちゃんとやってますよ、お寺を守るってこれだけ大変なんですよ、長い視野が必要なんですよって、そういうところまでしっかりとわかってほしいんですよ。だから少しでも広めたいと思っていますね。だからこそうちの寺は敷居を低くということを目標にしています。

「長い歴史の中で守り続けてきたもののなかに、少しだけ自分らしさを」

--お寺を守るという意識は常に持たれているのでしょうか。

松--守るんじゃなくて、つなぐです。つまりお寺を継ぐということですかね。うちのお寺は今でだいたい600年の年月が経っていますけど、自分が担当するのってほんの30年じゃないですか。30年といったら、600年の20分の1.5%ですよ。
これからも退蔵院は続いていくわけで、そうすると必然的にその割合もどんどん少なくなります。だから、私が気をつけているのは、そこで絶やしたらあかんとか、いただいたものはちゃんときれいにしてそのまま渡すということだけです。その中に自分のフレーバーがちょっとあればいいかなってぐらいですよ。

 

--お寺の住職って何歳くらいで継がれるものなのでしょうか。没後に継がれるものなのでしょうか。


松--住職は基本的に亡くなる前に継ぎます。それぞれのお寺で考え方や地域性にもよりますが、副住職になって、すぐに住職になるケースもありますよ。

ただ、私自身は特に役職へのこだわりはありません。肩書きや役職名には興味がありません。住職になれば、裁量は増えるかもしれませんけど、やることはあんまり変わらないと思います。もともと、他のお寺の副住職と比べて、裁量は多い方だと思いますし。何か行うときには、住職に大枠を報告して、許しが出たら実行するっていう感じで、細かいことはすでに私がやっています。


--そうした細かい作業をされている中で新しい事務員の方を募集されることになったわけですね。なぜ、お寺に縁のある方ではなく、一般に広く募集されたのですか。

 

松--もちろん本山にも一般職員はいらっしゃいます。確かに、お坊さんとしてのスキルを持った方も必要ですが、お寺の職員っていうことになると、もっと一般的な事務処理能力やコミュニケーション能力の方が大事だと思うんですよ。例えば、メールができたり、掃除できたりだとか。お寺のことも知っていてほしいですけど、京都が好きで、京都の良さをみんなに知ってもらいたいと考えている人がいいですね。やる気をもって応募してほしいです。そうして来てくれた方の人当たりなどを見て、決めたいと思っています。

 

--では、お寺で働くという点で、これからお坊さんを目指す方たちはどういった意識を持つべきだとお考えですか。


余香園の紅葉も格別松--世間に目を向けろってことですかね。例えばメーカーであっても、うちはこういう技術があります、こんなことできますというふうに、自分たちの能力や技術をアピールして商品を作っても絶対売れないと思うんですよ。競合他社ばかり見て、世の中の人が何を欲しているか、全く読めてないんですよ。

ちゃんと自分を客観視しないといけないんです。お坊さんだったらお坊さんじゃなくて、違う業態の人とコミュニケーションをとって、どういうことを期待されているのかってことを肌身で感じてほしいと思います。

退蔵院では観光客を受け入れていますけど、そのためには自分自身が旅行して、旅行者の気持ちがわからないとだめなんです。そうでないと、どういう気持ちで来ているのかというのはわからない。

自分でお金を払ってお寺に行って、このお土産ええなぁとか、なんでこんな汚いところ見せるんやとか、そういうことを自分で感じて、はて自分のお寺はどうなんかなって考えるべきなんですよ。