【松井酒造】 伝統と最新機器を組み合わせ うまい酒に挑戦する、京の酒蔵

▼享保11(1726)年に但馬国城崎郡香住(現・兵庫県香住町)で創業。幕末に京都市中心部へ移転し、洛中で最古の歴史を持つ蔵元とされています。伝統技術を守る一方で、最新技術も導入し、時代の進歩と共に酒造りも進歩してきました。
代表銘柄の『神蔵 KAGURA』は、一切濾過を行わず、無濾過、生酒、原酒であることにこだわった松井が誇るお酒。長い伝統に裏打ちされた経験と最新の設備で挑戦し続けています。

今回は「松井酒造」代表取締役社長の松井治右衛門さん(以下、M)にお話をうかがいました。

※本インタビューは2017年2月に行いました

江戸創業、洛中での酒造り

ー 松井酒造さんは江戸中期に兵庫で創業されたのですね。
M:はい。享保11年、兵庫北部の香住という町で創業しました。昔、兵庫北部の集落で水飢饉があったそうです。その時に、うちのご先祖様が井戸を掘って湧き出た水で村が救われた、というお話があります。実際に今でもその水は使えるそうですよ。
それで酒造りをやっていたのですが、何か理由があったのでしょうね、江戸末期、嘉永年間に京都へ移転したと聞いています。移転当初は河原町竹屋町辺りで商売をしていたのですが、大正時代、市電開通にあたり道路の拡幅工事が行われる為、今の場所に移動してきたそうです。

ー 京都の酒処としては伏見が有名ですが、こちらの方を選ばれた理由とは?
M:伏見の蔵元さんも、昔は市内中心部で造られていた所が多くあります。会社の規模が大きくなるにつれて、伏見の方に移っていかれたという事です。お米を精米するのには、夜通しお米を削る音がしますし、醸造量に応じて敷地も大きくしないといけないという事で、街中よりは伏見の方が敷地が取れたのでしょう。それから、お酒を輸送するにも交通の便が良かったのだろうと思います。それで伏見に移っていかれたというのが一つの理由だと聞いています。

ー という事は、ほとんどこの鴨川沿いに?
M:室町時代には京都市内だけで300軒を超える酒屋さんがあったそうで、実際に江戸から大正時代にかけては、河原町竹屋町のうちの隣にも2軒あって、3軒の造り酒屋が並んでいたそうです。なので、昔は造り酒屋というのは本当に皆さんの生活になじんでいたのだろうと思います。

ー この辺の水はどうなのですか。
M:やはり御所や神社などを建てる際には、きれいな水が出る所を基本に考えられたと思います。もちろん方角などもあると思うのですが、一つの要素としてきれいな水が湧くという事がすごく大切だと思うので、この辺りはとっても良い水が出ていると思います。

ー 伏見の水とは違うのですか。
M:厳密には違うそうです。軟水は軟水なのですが、水系が少し違います。この辺りは、比叡山や北山の方で降った雨が濾過されてやって来ているそうです。

2009年に復活、最新の設備と手で醸す酒

ー 現在の川端東一条にある蔵は、最近復活されたのですね。
M:2017年で8年目のシーズンになります。

ー それまではどうされていたのですか。
M:大正時代に現在地に移ってから、ここで井戸を掘ってお酒造りをやっていましたが、私が生まれる少し前に、京阪電車がこちらまで延伸してくる事になりました。地下工事があるとどうしても水が出なくなるか、出たとしても水質が変わる可能性が考えられたのです。ちょうど時期的にも日本酒があまり売れない時代と重なっていたと思うのですが、ここでのお酒造りを一旦諦めて、伏見の方で3社ほど合同でお酒を造るという時代がありました。
戦時中もそうやって数社合同でお酒を造るという事はあったそうです。タンクなどが鉄砲や弾にする為に徴用されていくので、どうしても協力が必要だったのでしょう。そういった経験があったからか、この業界では数社合同で協力してお酒造りをする事がそれほど抵抗なく行われていたのではないかと思います。

ー その後、再びこちらで蔵を復活させるきっかけとは?
M:父は鎌倉出身でこちらに養子で来ていまして、何とか家業を絶やしたくないという思いがあったのだと思います。ちょうど私が大学院を修了する頃に「戻ってきて一緒にお酒造りをやろう」という事を言われまして、設備投資をして貰って、今の蔵ができあがりました。

ー 大学ではお酒に関する勉強を?
M:私は法律学科の卒業です。酒税法を勉強すれば良かったのですが、あまり関係のない刑法をやっていましたので、酔っぱらいを捕まえる方ですね。
本来であれば、農学部に行って醸造の勉強をすれば良かったのかもしれませんが、「大学の間は自分の好きな学問をしたら良いよ」と言われていたので、「じゃあ法学部行くわ」という感じだったと思います。

ー 抵抗なく家業を継ごうという事になりましたか。
M:そうですね。自分の家はやっぱり造り酒屋だという風に思って育ちましたし、いつかはお家再興ではないですけれども、何とかお酒造りをまたやりたいなという思いはあったので、抵抗はなかったです。

ー お酒造りは初めての経験だったのですよね。やはりすごく苦労されたのでしょうね。
M:そうですね。最初は伏見の蔵元さんで修業をさせて貰っていまして、その後に蔵ができあがったので、復活という事になりました。しかし、どうしても最初は一人ではできないので、杜氏さんを招いて教えて貰っていました。能登杜氏の道高さんという方が、私の師匠に当たる方です。

ー 現在、こちらのお酒造りは本当に少人数でやられているのですね。
M:そうですね、私を入れて3名ないし4名で作業に当たります。

ー この蔵は街中にあり、しかも小規模です。効率化を考えてそうされているのですか。
M:ここでお酒造りを再開しようとした時点で、既に上の建物(マンション)がありました。この場所自体は資材屋さんに借りていただいていまして、もし住居になっていたら蔵としての活用はできなかったと思います。これだけのスペースが空いていたというのは、大きな事でした。
いわゆる白壁で煙突が立っていて、という昔ながらの酒蔵のイメージではないので、おそらく見に来られる方も「酒蔵を見に来たのにマンションの1階じゃないか」と、がっかりされるかびっくりされるか、そんなのだろうと思います。こういう所でお酒造りをするのならば、ここでしかできないお酒造りをしようと考えました。つまり、近代的な設備を整えながら、伝統技術と新しい技術が融合したような形でお酒造りをしようという事です。それで、今の設備が取り入れられたわけなのです。
また、一般的な蔵元さんでは多分蔵の中まで入れないと思います。この蔵は比較的掃除がしやすい環境だと思うので、見学の方にも蔵の中まで入って貰って、場合によってはもろみが発酵している所を見ていただけます。実際にお酒造りはどのように行われているのかという事を分かって貰う為にこういう設備にしています。掃除がしやすいというのは大きいと思いますね。

ー 近代的な設備で造られている蔵も増えているのでしょうか。
M:最近は増えていると思います。大手さんでも、例えばコンテストに出すようなお酒はこのような設備で造られているのではないでしょうか。

ー 最新の設備だと何が変わるのですか。効率なのか味なのか。
M:お酒造りというのは微生物を扱う事です。微生物を扱うという事は温度管理と衛生管理なのです。品質にも直結します。衛生管理の面では掃除がしやすい事。温度管理に関しては、人よりも機械がやる方がおそらく確実に温度管理をしてくれるだろうと思います。
人間が頑張って水を回したり、スイッチを入れたり切ったりというのも良いとは思いますが…。人間がやる事は、もろみを分析して、今どれ位元気があるとか、これだけ発酵力が強ければ少し温度を低く持っていこうかなとか、ちょっと元気がないから温度高めにしてやろうとか、そういう判断をする事です。うちは温度を合わせにいく所に関しては、機械に任せています。得意な所は機械がやってくれて、人がやらないといけない所は人がやって、という役割分担にしています。

代表銘柄「神蔵」の誕生

ー 「神蔵(かぐら)」という名前の由来とは?
M:話せば長くなるのですが、お酒造りの歴史の中でこれだけ科学が発達してきたのはつい最近の事です。100年前は、きっと神様からの頂き物だったと思うのです。だから、どれだけ技術が発達しても、やっぱりお酒造りというのは微生物、神様からの頂き物だという気持ちを忘れてはいけないという事で、神蔵という名前にしました。

ー この名前が決まったのはいつ頃ですか。
M:今の蔵が復活する時です。「五紋神蔵」が正式名称です。お酒の味というのは5つで表現されていて、甘・酸・辛・苦・渋。つまり、甘い、酸っぱい、辛い、苦い、渋い、この5つの味がバランス良く調和した時に良いお酒になると考え、五紋はそれを意味しています。

ー ラベルデザインがかっこ良いですね。どのように生み出されたのですか?
M:ありがとうございます。この蔵の再開最初は大吟醸と純米大吟醸だけでスタートしました。純米酒はありませんでした。まず、お酒のラベルの字を書かなければと考えていた時、女性書家の紫舟さんの字が好みだったものですから、連絡を取ってお願いしたら「書きましょう」と引き受けてくださいました。
紫舟さんはその後、大河ドラマ「龍馬伝」の題字などを書かれるようになりました。我々は幸いな事に、そのちょっと前にお願いしていたんです。今頼んだら、多分桁が変わると思いますね。

ー すごく有名な方ですね。パッと目に留まるラベルです。
M:日本酒の消費量が減少しているとはいえ、スーパーや百貨店、酒屋さんに行くと、日本酒の種類は沢山あるんですよね。そんな中でまず手に取って貰わないといけないので、いわゆる「CDのジャケ買い」と同様で、まず手に取って貰えるものにしようと考えました。
それから、機械栓というものをうちはよく使います。上をこうパキッと開けるものですが、「機械が瓶詰めしていませんよ」という証しなのです。今、主流となっているのは開ける時にパキパキッと音が鳴るキャップです。あれは機械で瓶詰めしているのです。
ですので、機械栓を使っているという事は、最後まで手作業でお酒造りをしていますという証しになるのです。近代設備を整えていると言いましたが、おそらくこの蔵は、他の蔵に比べても人の手が入っている蔵だと思います。だから手作業の証しとして機械栓を採用しています。

ー 1年間の醸造量としては、おおよそ何石位ですか?
M:うちは少ないです。まだ200石行かない位ですね。やっぱり品質を維持したまま量を増やしたいという思いがあります。実際には、去年大きいタンクを1本仕入れまして、生産量を増やしてはいっている途中です。けれど、今後も品質を犠牲にしてまで増やそうとは思いません。

ー 「神蔵」というお酒は、一言で言うと、どういう特徴がありますか。
M:日本酒はよく精米歩合で表されます。米をよく磨いていくと吟醸とか大吟醸とか。そうではないものは純米酒とか本醸造という呼び名になるのですけれども。お米って磨いていくと、香りは目立つのですが、味がちょっと淡白になるのです。逆に、純米酒なんかですと、味はよく乗ってくるのですけれども、香りが出てきにくい事があります。
うちのお酒は、大吟醸を造るのであれば味の乗った香りの良いお酒、純米を造るのであれば香りが出るように頑張って、なおかつ味の乗ったお酒を造ろうと思っています。香りと味のバランスが取れたお酒が理想です。

ー お酒造りにおいて一番自信を持っている所はどこですか。
M:正直なところ、まだ自信はありません。この業界は30年選手でようやく一人前みたいな感じですから。よそに行ってもベテランの杜氏さんがすごく頑張っておられるので、そこに並んだとはとても思わないのですけれども、お客さんにおいしかったと言っていただけると、やっぱり自信に繋がります。
だから、イベントに呼んでいただけるというのはすごくありがたいのです。杜氏さんって、普通、蔵の中に閉じこもって外に出ないのですが、私は外に出てその声を聞けるので、それを仕込みに生かせるというのは強みだと思います。小さい蔵ならではの弱みもありますが、フットワークを酒造りに活かせるのは良いですね。

 

京都、そして外国の方にも愛される日本酒を

ー この蔵に来られる方はだんだん増えていますか?
M:そうですね、最近だと外国のお客様もいます。

ー それは何かを見て来られるのですか?
M:私の記憶では、名古屋大学の先生のご友人を案内したのが最初です。その時に「外国の方ですから、日本酒の事なんて分からないし、日本語もしゃべれない」と仰っていて、その先生も英語は当然できるのですが、日本酒の造りが分からないのです。だから、私がやるしかないという事で「これは英語でこう言うんだ」と勉強しました。そのガイドが割と評判が良かったのです。その後、いろんな所から口伝で外国の方が来られるようになりました。
数年前には、アメリカの日本大使館の方がホワイトハウスのスタッフの方を連れて来られて、ご案内しました。その時に「日本で一番思い出に残ったのはここだ」と言ってくださいました。

ー 京都を色々と回られて、一番印象に残っていると。
M:そうだと思います。伏見まで行くとどうしても半日つぶれるという事があるので、街中で観光ついでに行ける所という事でここが選ばれたのだと思いますが、やって良かったなと思います。

ー ガイドは全て英語でされるのですか?
M:お酒造りに関しては、すべて英語です。お酒造りの手順を追ってお話します。

ー 海外にも積極的に出品されているのですか?
M:そうですね、最近増えています。シンガポールやマレーシアなどの東南アジアが多く、欧米だとパリ、それからなぜかブラジルが多いですね。

ー 海外では日本食レストランで出されているのですか?
M:そうですね、現地のレストランや百貨店などで置いてくださっているみたいですね。向こうに行くとどうしても4倍、5倍の値段になるので、なかなか庶民の手が届くお酒ではないそうです。値段を下げるのが目標ですが、なかなか難しい所です。

ー 現地で呑まれた後の反応は違いますか。
M:こんな呑み方するんだ、と感じる事があります。例えばシンガポールに行った時には、濁り酒にライムを絞って出されていました。日本だとあまり考えられない呑み方です。
ただ「日本酒はこうやって呑んでください」なんて事はあまり言わない方が良いと思っていて、やっぱり皆さんがおいしいと思う呑み方で呑んでいただくのが一番だと思うので、かえって勉強になりました。

ー 気候的にも日本とは違いますからね。
M:温暖な東南アジアにもホットワインはあるのですが、あまりポピュラーではないそうです。
アメリカの方には呑む時の温度を必ず聞かれます。このお酒は「hot? warm? cold?」と。そうした時は「好きに呑んでください」と答えます。

ー 呑み方はそれぞれに楽しんでほしいという事ですか。
M:そうです。呑み方は酒蔵が決める事ではないと思います。こうあらなければならないというのは、可能性を消す事だと思うので、好きなように呑んでいただければそれで良いです。

ー 国内では、京都府外にはあまり出されていないですね?
M:うちは京都市内で95%位ですね。ひとえに生産量が少ないからです。府外に出るとしたら、たまに東京に呼んでいただいて行く事もあるのですが、その時位ですね。

ー やっぱり地元の京都の人に呑んでほしいという思いはありますか?
M:そうですね、お水も京都のお水を使っていますし、お米も京都産のお米を中心に使っていますので。祝もそうですし、五百万石も京都産のものを使います。まずは京都の人たちに名前を覚えていただいて、「松井酒造といったら京都やな」と言っていただけるようにしたいと思います。

【DATA】
「松井酒造」
所在地:京都市左京区吉田河原町1−6